5月2日忌野清志郎さんが無くなった。
おいらと彼の出会いは中2の時、「いけないルージュマジック」であった。
当時の俺は彼の音楽の良さが全くわかっていなかった。
「なに、わからん歌詞で、叫ぶように歌ってるんだ?」それが第一印象。
それから、5年後、再び出会う。
大学1年でバンドを組むことに、そして初めて彼の曲を演奏したのが「雨上がりの夜空だった」
当時も「なんだかのりはよさそうだけど、歌詞の意味がいまいちわからん・・・」
そんな感じだった。
それから、10数年、なぜかバンドという音楽を曲りなりに続けていた。
そして、その度になぜか「雨上がりの夜空に」を演奏していた。
今年2月、自分としては5組目のバンドメンバーと「雨上がりの夜空に」を演奏した。
彼の歌で会場は大いに盛り上がった。
彼の歌のよさというのは、心で感じるというよりも、体にしみこむ何かを持っていたのではないかと思う。
彼の熱狂的なファンというまでもないおいらに、これほどまでに心に残る、体にしみこむ体験を与えてくれた「忌野清志郎」
本物のファンならば、その悲しみの大きさがどれほどであるか、想像するに計り知れない。
人間はいつか死ぬ。
癌になると、見えないはずの人生の長さを、いやがおうでも知りえてしまう。
その長さを彼は知った上でも、彼はしっかりと前向きに最後まで生きた。
その生き様、死に様も、多くのファンに見せ付けてくれたと思う。
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